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All the Invisible Children
それでも生きる子供たちへ (2005) ITA / FRA 130 min.
Introduction 序盤アウトライン
ルワンダ内戦で殺戮に手を染める少年兵(タンザ)、盗人一家の泥を一人かぶる15歳の少年(ブルー・ジプシー)、母子ルートでHIV感染した少女(アメリカのイエスの子ら)、日銭を稼ぐために奔走するスラムの幼い姉妹(ビルーとジョアン)、岐路に立たされたフォトジャーナリストを希望へ導く少年時代の残像(ジョナサン)、家族への不信から窃盗を繰り返す10代の少年(チロ)、身勝手な大人の手に委ねられる境遇の異なる2人の少女(桑桑と小猫)。これは、それぞれの子供たちが体験するシビアな日常を描く中、儚くも空しい人間社会の不条理とその現実を目先にまで突き付ける1本。社会通念に至るまでのプロセスを割愛する子供たちの訴え掛けには、もはや矛盾もなければ妥協も許されず。即答を余儀なくされる。子供たちに輝く未来を託したいのであれば。
Various Note メモ
イタリアの女優マリア・グラッツィア・クチノッタ(エピソード「チロ」に出演)、"I'm Sophie and You? (1998)"でもコンビを組んだキアラ・ティレージ (Chiara Tilesi)とステファノ・ヴィネルーゾ (Stefano Veneruso)が発起人となった7話構成(各話20分程度)のオムニバス。イタリア外務省、国連、ユニセフ、国際連合世界食糧計画(WFP)もイベント実現に寄与。

以下、完全ネタバレ。未鑑賞の方はご留意下さい。各話監督のメッセージは、公式サイトから転用。
タンザ segment "Tanza"

脚本/監督は、"Au Pays des Juliets (1992)"、"Marie-Line (2000)"、「ケルトゥムの娘 (2001)」メディ・カレフ (Mehdi Charef)。出演は、ビラ・アダマ、ハノウラ・カボレ、他。

監督のメッセージ
この映画のように、毎日戦いつづけている子供たちがいるということを、世界の人々に知ってもらいたい。彼らの多くが親を虐殺され、自分自身のアイデンティティを求めている。ヨーロッパの何不自由ない子供とは全く違うんだ。彼らは、戦争へ行くことが誇らしく、喜ばしく、手榴弾や銃をもらうことがプレゼントだと思っているんだ。そんな世界に心が痛むよ。だから僕はこの映画を通して、そこで生きる子供たちのことを語る機会を持ててとても嬉しかったんだ。
(以上、公式サイトから転用)

note:
パブリケーションによれば、舞台はルワンダ。実際にはどこの国かも分からないノークレジットの映像だが、少年たちが銃をぶっ放す映像にも特に詮索する気にもなれぬ現実がひたすら空しい。ここでの主人公は、自慢のスニーカーを片時も離さぬ向学心旺盛な12歳の少年兵タンザ。アウトラインは、殺戮の徒と化したツチ族(だと思う)の子供たちが平和に暮らすフツ族の村を襲撃する中、村の学校に爆弾を仕掛けに出向いた主人公タンザが、憧れの教室にも無縁な将来を悲観して地雷状態となった爆弾に頭を乗せて人生の最期を迎えると云うもの。これは映画だけど、これが世界の現実。子供たちにまで銃を持たせたルワンダ民兵の行為も許され難いものだが、子供を自爆テロの手先にする連中に至れば、もはや救いようもない。戦争は人間のエゴが引き金となる最悪の行為だが、子供を守るが故のエゴイズムならまだしも、子供までをも蔑ろにする戦争と云う話になれば、それはもはや鬼畜の所業。人間の本性に於いては不可分といえるエゴイズムながらも、その土俵に子供までをも引き込めるか否かが人間としての大きな境目のようにも思えるが。
ブルー・ジプシー segment "Blue Gypsy"

脚本は、"Zavet (2007) (actor/composer)"のストリボール・クストリッツァ (Stribor Kusturica)。監督は「ライフ・イズ・ミラクル (2004)」「アンダーグラウンド (1995)」「パパは、出張中! (1985)」のエミール・クストリッツァ。出演は、"Zavet (2007)"のウロス・ミロヴァノヴィッチ、他。

監督のメッセージ
僕の祖国のように問題の多い国では世間から存在を忘れられた子供たちが多くいるが、そんな子供たちを浮き彫りにしたいと告げられたとき、この企画に参加できることを光栄に感じた。
子供たちのことを考えているうちに 彼らにとっての自由は、僕たちが考えている自由と反対の意味を持つということを知ったよ。彼らは金を使い果たしたときや冬の寒い季節には、軽犯罪を犯すことで刑務所に戻ろうとするからだ。僕は自由よりも刑務所を好む社会的レベルの人があまりに多いことに驚き、これがきっかけで、『ブルー・ジプシー』という映画を、自分なりのやり方で作るべきだと思うようになったんだ。
(以上、公式サイトから転用)

note:
ここでの主人公は、少年院での出所をようやく迎えた15歳の少年マルヤン。家に帰れば、盗みを強要するトンデモ親父が待ち構えるマルヤンだが、案の定、出所間もなく新たな仕事に手を染める羽目に。一度は拒むものの、激怒した親父に酒瓶で頭をカチ割られたマルヤンはやむなく車上荒らしを実行するが、決死の逃亡劇の果てに出向いた先は出所したばかりの少年院。ついては、刑務所こそがマルヤンにとっての唯一の安息の地だったと云うオチで幕を下ろす超シビアな物語だが、ここでメガホンを取るクストリッツァ監督の真骨頂と云えば、社会の不条理をウィットで吹き飛ばす辺り。そんなクストリッツァ節も全編を網羅するこの作品、シリアスにも表裏一体での怒涛のウィットにはマジで救われる。というか、この辺りはメッセージ性も充分。四面楚歌にも近いような境遇では、笑いすら奪われれば堕ちる所まで堕ちるしかないので。それにしても、日本の子供はマジで幸せ。舞台となる東欧の某地域などでは、鬼畜のような親から自立してもそれを受け入れる社会体制すら整備されていないのだ。
アメリカのイエスの子ら segment "Jesus Children of America"

脚本は「コーヒー&シガレッツ (2003)」では役者として競演を果たしたサンキ・リー (Cinqué Lee)とジョイ・リー (Joie Lee)。監督は「インサイド・マン (2006)」「25時 (2002)」「マルコムX (1992)」のスパイク・リー (Spike Lee)。サンキ・リー (July 1966)、ジョイ・リー (22 June 1962)、スパイク・リー (20 March 1957)は兄弟(兄妹)。出演は「サンキュー、ボーイズ (2001)」「フィアレス (1993)」「ハード・プレイ (1992)」のロージー・ペレス、「先生はあきらめない ロン・クラーク物語 (2006) (TV)」のハンナ・ホドソン、「HEROES/ヒーローズ (2008) (TV)」「シャフト(2000)」のアンドレ・ロヨ、他。

監督のメッセージ
HIVに感染している子供たちは、両親が事実を一切話してくれなかったらどうなるかを想像してみた。そして、彼らが自分の病気を知ったら、彼らの生活はどうなるのか・・・・。
これは、地球規模の問題なんだ! 世界中の子供たちのことがとても心配だったが、何も具体的なことができなかった僕にとってこの企画を持ち掛けられた時はとても光栄に思い、嬉しかったよ。
この映画はハッピーで陽気な映画ではないが、このテーマは話しておくべきものだと強く感じた。そして、今回はこの作品に「希望」という大きなメッセージを盛り込んだんだ。トンネルの向こうには光があるということを伝えたくてね。
(以上、公式サイトから転用)

note:
主人公は、母子ルートでHIV感染した少女ブランカ。湾岸戦争から帰還した父親とジャンキーな母親のとばっちりを受ける形でHIV感染したブランカだが、そんな事実を知ったのもごく最近の話。バカな保護者たちの井戸端会議から学校中に広まった噂をブランカ本人もようやく知る中、以後の学校では「エイズ・ベイビー」と呼ばれる悲惨な日々を過ごす羽目に。そんな絶望の淵に立たされたブランカに希望を与えたのは、保護機関に集う仲間たちの存在だったーー。夫不在の寂しさを紛らわす母親のドラッグ依存による注射行為からの感染なのか、はたまた帰還した父親の女遊びに端を発する感染なのかは定かではないが、何れにせよ、HIVとドラッグのダブルパンチのドツボにはまった両親から生まれたのがブランカと云う少女。ジャンキーな行為にだけスポットを当てればサイテーにも思えるブランカの両親だが、HIV感染とドラッグ依存症と云う側面だけを取り除けば、実は愛情豊かで極めて善良な人々。要は、ドラッグ汚染された社会にはブランカのような子供やその両親のような「普通の人々」が蔓延する事実を真正面から描いていたのがこのエピソード。HIV予防の公共CMなどもしばしば目にする昨今だが、これは地域行政が草の根レベルで取り組まなければ解決しない話。まず、HIVの正しい知識を地域行政と学校組織の二人三脚で全力でアピールしなければ、悪循環に歯止めをかけるのも無理な話。大麻汚染がマスコミをにぎわす昨今の日本だが、ここでのエピソードももはや他人事ではない。元カレ元カノCMなどは大きな1歩のようにも思えるが、思春期などを迎える以前、実際の性行為に及ぶ以前での小学校低学年層での学校教育から大改革を断行しなければ、将来を見据えた効果的な予防には繋がるまい。
ビルーとジョアン segment "Bilu e João"

脚本と監督は「CITY OF GOD シティ・オブ・ゴッド (2002-2003) (TV)」、「シティ・オブ・ゴッド(2002) (co-director)」のカティア・ルンド (Kátia Lund)。出演は、フランシスコ・アナウェイク・デ・フレルタス、ベラ・フェルナンデス、他。

監督のメッセージ
ブラジルでそびえたつ高層ビル群がファベーラ(貧民街)を押し潰すのは時間の問題。
私が疑問に感じるのは、人力車を押して働く子供たちが全ての手段と才覚を駆使したとして、そんな世界について行くことができるのだろうか、ということ。
家が立ち退かされ、信じるものが壊れてしまったら? この世界経済に参加する手段すらないと知ったら?
彼らのエネルギー、創造性の行き場は? 働きながら夢を見て、前向きであり続けることが彼らにはできるのか?
これは、社会全体の問題なの。
こういう子供たちの力と、世間が意識しないかあるいは普通は哀れむような生活を、新たな視点で見ることを、この映画で伝えたい―。
(以上、公式サイトから転用)

note:
廃材回収業で日銭を稼ぐ幼い兄妹の1日を飄々と描き抜いたのがこのエピソード。監督のカティア・ルンドは、あの「シティ・オブ・ゴッド」の共同演出やTVシリーズのエピソード演出も手掛けた人物だが、これがあのファベーラ(貧民街)を映し出す映像なのかとも俄かには信じがたいポジティヴな情景には只々脱帽させられる。人口50万そこそこの北欧フィンランドやデンマークなどでの教育制度改革からの抜本的な経済改革なども巨万の人口を抱えるブラジルでは無理な話だが、仮にここでの主人公兄妹のような逞しい子供たちにも北欧などのような福祉教育を与えれば、ブラジルの未来も約束されたようなもの。と云うか、土俵があまりに大きすぎるためにここでのメッセージにも空しさを覚えたりするが、世界経済への影響力も顕著な心ある少数派に対するメッセージとして果たした役割はあまりに甚大。現実には大国を動かすのも少数派に端を発する力なので。まぁ、国家の経済力だけが人生を左右するものでもないのだが。実際、砂上の楼閣ともいえる日本に暮らす親のありがたみも知らぬ子供たちと、日銭を自らの手で稼ぐここでの兄妹を比較すれば、どちらが幸福なのかも歴然としたもの。子供を守る責任を負う立場に成長すれば全く別の話にもなるが、要は、子供の命運を握る大人がバカを繰り返せば、犯罪の低年齢化や老齢者切捨ての非情政策などでしっぺ返しを食らうと云う事なのかも。飛躍しすぎなのだろうが、将来的には「楢山節考」の政策ヴァージョンなんてのも充分にあり得るのだ。
ジョナサン segment "Jonathan"

脚本は、"Portrait (2004)", "Never Never (2002)"のジョーダン・スコット (Jordan Scott)。「ハンニバル (2001)」「グラディエーター (2000)」「エイリアン (1979)」などで知られる実父リドリー・スコット (Ridley Scott)と共にメガホンを取る。主演は「ハリー・ポッターと謎のプリンス (2008)」「太陽と月に背いて (1995)」「ネイキッド (1993)」のデイヴィッド・シューリス。共演は「ノーカントリー (2007)」「ダブリン上等! (2003)」「チューブ・テイルズ (1999)」のケリー・マクドナルド、ジョナサン・ジョーダン・クラーク、ジャック・トンプソン、ジョシュア・ライト、他。

監督のメッセージ
子供たちはどんな状況をも変化させ、最悪の環境でも何とか切り抜けられる独特な力を持っている。
子供時代は神秘的だわ。でも残念なことに、年を重ねるにつれ、魔法は消えて現実に支配されるの。子供の時は忘れたくても忘れられないのに・・・。
本当に大切なことを無視したり、目を背けたりするのはとても簡単なことだわ。
この作品は、これまで大いに貢献してきたのに世間で大した役割を果たしていないと感じている男の物語。
でも結局、彼が出会った子供たちのおかげで、彼が先に進むことを選ぶことを知ったように、世界の人々がこの映画をきっかけにして、何かを感じて、少しでも先に進んでもらいたいわ。
(以上、公式サイトから転用)

note:
主人公は、数多くの凄惨な体験からプッツンしかけたフォトジャーナリストのジョナサン。戦地での取材を繰り返す中、蓄積されたトラウマから自身の存在意義はおろか精神性までをも蝕まれるジョナサンだが、そんな最中に体験したのが少年時代に立ち返ってのシュールな戦場ツアー。戦地でサバイバルする子供たちの逞しさに触れたジョナサンは、真実を再び世界に発信すべく使命感を新たにすると云う物語だが、ここでのメッセージも建設的な未来に向けられた極めてポジティヴな内容。あの「野獣死すべし」を連想させるネガティヴな序盤にはヒヤヒヤさせられるが、大人の目線で一度は体験した戦場の情景を少年時代の目線で再体験する内容は、「3人のゴースト」やトワイライトゾーンの「クリスマスの奇跡」のように限りなくファンタスティック。と云うか、こんな「退行セラピー」とでも呼ぶべき治療法を各方面のエグゼクティヴなどに義務付ければ、世界の様相も激変するのかも。まぁ、アルジェント映画の犯人のように殺意に繋がるトラウマを抱える人物などには逆効果なんだろうけど。
チロ segment "Ciro"

原案と脚本は、"Sulla mia pelle (2005)", "Certi bambini (2004)"のディエゴ・デ・シルヴァ (Diego De Silva)。監督と共同脚本は、"Strani accordi (2001)", "I'm Sophie and You? (1998)"のステファノ・ヴィネルーゾ (Stefano Veneruso)。撮影は「ラストエンペラー (1987)」「地獄の黙示録 (1979)」「ラストタンゴ・イン・パリ (1972)」「暗殺の森 (1970)」のヴィットリオ・ストラーロ (Vittorio Storaro)。ダニエリ・ヴィコリト、エマヌエーレ・ヴィコリト、「ヴァージン・ハンド (2000)」「007 ワールド・イズ・ノット・イナフ (1999)」「イル・ポスティーノ (1994)」のマリア・グラツィア・クチノッタ、他。

監督のメッセージ
僕はこんな環境で育ったから、こういった場所で育つことがどんなに困難かが分かる。
そして悲しいことに状況は、悪化の一途を辿っている。クールな服が着たい。だからポケットには使いたいときに使えるお金をいつも持っていなきゃいけない。子供たちも立派な消費者にならざるを得ないんだ。あそこに行って、怒りで満ちた彼らの瞳を見るとゾッとする。そんな眼差しが僕を変えさせたんだ。
何か世界を大きく変えようなんてポーズをとっているわけではない。でもこのプロジェクトに対して僕が希望を抱き、大きな志を持つことで、人々にこういった問題を思い出してもらい、僕たちひとりひとりに何ができるか、そして何かすべきだと思ってもらうことを願っている。
(以上、公式サイトから転用)

note:
一時期、マフィア構成員の著しい若年化などがここ日本でも報道されていた伊ナポリだが、ここでの主人公はそのナポリを根城にするチンピラ少年のチロ。売りさばいた盗品で日銭を稼ぐチロと云う少年だが、そんな刹那的な行為を繰り返すキッカケとなったのは、日銭を得るためなら息子の命も惜しくはないと言い切るバカな母親に絶望したため。育児放棄しなかっただけでもまだマシなようにも思えるチロの母親だが、子供を道具とみなしてその人権を蔑ろにする親などは鬼畜にも等しい。背景を彩る大道芸人や移動遊園地での情景など、限りなく無垢な子供の情操は永遠とでも言わんばかりのノスタルジックな映像には泣かされる1本だが、子供を道具扱いするようなバカな大人たちには如何せんここでのメッセージも梨の礫なのかも。ちなみに、映画の主題曲と銘打たれた"Teach Me Again"(イタリアの歌手エリザとあのティナ・ターナーのデュエット曲)は、そもそもこのエピソードに端を発した1曲。PV演出のステファノ・ヴィネルーゾと撮影のヴィットリオ・ストラーロも、このエピソードでのコンビ。ストラーロ往年のカメラワークも甦るこのPVは必見。とにかく出色。製作を手掛けるキアラ・ティレージ(公式サイトなどでも「ティレシ」と紹介されているが「ティレージ」と云う発音の方がポピュラーのはず)、マリア・グラッツィア・クチノッタ(エピソードにも出演)、ガエタノ・ダニエレは、全エピソードの製作も兼任。
桑桑(ソンソン)と小猫(シャオマオ) segment "Song Song and Little Cat"

脚本は「孔雀 我が家の風景 (2005)」のリー・チャン (Qiang Li)。監督は「レッドクリフ Part I (2008)」「ペイチェック 消された記憶 (2003)」「M:I-2 (2000)」「男たちの挽歌 (1986)」のジョン・ウー。出演は、ザオ・ツークン、チー・ルーイー、ジャン・ウェンリー、「レッドクリフ Part I (2008)」「僕は君のために蝶になる (2007)」「ブレイキング・ニュース (2004」のユウ・ヨン(尤勇)。

監督のメッセージ
人々の中には子供を大人とは違うと考える者もいるが、子供も大人同様意志と尊厳を持っている。僕は子供たちの心の中で何が起こっているのかを探究してみたかった。
特に非常に多くの文化的、経済的変化が起きている中国で、子供たちがそういう全てのことについてどう思っているのか知りたいと思った。世界中の子供たちの希望を表現したかった。
この映画で二人の少女は葛藤しながらも勇気と尊厳を通して自分達自身の強さを見つけ出す。我々は世界の子供たちを救う話をしているが、本当は子供たちが我々を救っているのだ。彼らの強さと愛が世界を変えていくだろう。
(以上、公式サイトから転用)

note:
ここでの主人公は2人の少女。愛人の子を儲ける自己チュー親父と爆発寸前の母親を持つ桑桑(ソンソン)は、裕福な暮らしを送るも心は荒むばかり。一方、心優しい老人に育てられた身寄りのない小猫(シャオマオ)は、生きる事に精一杯でも物事のありがたみを知る少女。そんな2人を結ぶ接点は、ソンソンがフランス人形を投げ捨てた場所が、捨て子だったシャオマオが老人に拾われた場所だったと云う事。そんな接点を物語の分岐点とする中、対照的な2人の生き様をパラレルに描く1本だが、老人と死別したシャオマオが非道な人買いの下で虐げられる情景や、母親に自殺の道連れにされそうになるソンソンなど、短編ながらもかなりドラマティックな内容。と云うか、2つのモチーフそれぞれを際立たせるべく劇的なネタでリンクさせるのも、わずか20分余りの短編ではかなりの手腕。テーマについては、このエピソードの場合も、子供を捨てる母親や自己中心的な親など身勝手な大人たちへ警鐘を打ち鳴らすものだが、大きなポイントは、幼気ない娘を前にソンソンの母親も自殺を思いとどまる中、天涯孤独となったシャオマオも憧れの小学校に入学する何気にハッピーなクライマックス。現実には、愛人の子供までを構える父親の下でのソンソンの未来も決して希望に満ちたものではなく、身寄りもないシャオマオが学校に入学出来た経緯などもスクリプトでは一切明らかにはされていない。トリを飾る1本がネガティヴなクライマックスと云うのもあり得なかったのだろうが、それでもグレーな余韻を残しながらリアルな現実を忘れさせない辺りはさすがではないだろうか。何れにせよ、ここではシャオマオの笑顔に尽きる。学校で躍動するシャオマオの笑顔がそのまんまのメッセージでしたね。



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