| Introduction 序盤アウトライン: |
| ヴェトナム戦時下のサイゴン。米空挺隊所属の特殊行動班員ウィラード大尉は、情報指令本部の高官からある特命を受けていた。それは、数々の叙勲歴を持ち軍部でも最高の人物と評される特殊部隊将校カーツの抹殺と云う違和感も覚える密命にも近いものだった。カーツは、ヴェトナム現地人部隊を組織するという目的で奥地に潜入、その後は本部との連絡も一切の拒絶し、現地人を従えて自らの王国を築いているのだった。特殊部隊を従えたウィラードは、軍規に反する逸脱した異常者と云う烙印を押されたカーツを葬るべく、辺境とも云える未開の奥地へと潜入するのだがーー |
| Various Note メモ: |
| スティーヴ・マックイーンの辞退で始まったウィラード大尉役のキャスティングだが、アル・パチーノ、ジャック・ニコルソンの辞退を経て、続くハーヴェイ・カイテルは僅か二週間だけの撮影参加に終わり、最終的にはマーティン・シーンが役を得ている。 |
| 本作は、69年に"The Psychedelic Soldier"と云うタイトルで脚本を書いたジョン・ミリアスがジョージ・ルーカスに監督としての下駄を預ける形で始まったものである。ルーカスが描いた当初の構想は、戦時下の南ヴェトナムでロケーションを敢行する形の擬似ドキュメントタッチと云うものだった。製作総指揮を務める事になったコッポラは、資本の一部をワーナーブラザースから取り付けようとするも失敗、やがて「ゴッドファーザー」の撮影で手一杯となってしまう。間もなくサイゴンの陥落で事実上の終戦を迎えると、今度はルーカスが「スターウォーズ」の製作に取り掛かってしまう。そして、脚本を書いたミリアスが監督業には難色を示した為に、最終的には製作面に専念していたコッポラが監督も担う形になっている。 |
| タイフーンの影響でセットが破壊された為に数ヶ月の中断も発生したと云う撮影現場だが、延べ撮影期間16ヶ月で撮られたフィルムは、時間にして200時間分と云う膨大なものだった。驚くべき話はと云えば、その撮影期間中にコッポラが約45キロも体重を減らしていたと云う事である。 |
| 音声のミックスダウンだけでも9ヶ月を費やしたとも言われる本作、コッポラはその全てのラッシュを並べた所から最終カットに辿り着くまでに約3年間と云う期間を費やしている。編集実務を担当したウォルター・マーチは、"In
the Blink of an Eye"と云う彼の著書でも語っているが、その全カットの編集には2年間を費やしたもので、それは一日当たりの平均で一つのカットだけで終日を費やしたものになると云う。また、ラッシュの編集に加えて、テラーも兼任するはずだったマーティン・シーンによるナレーションの収録も行われる予定だったが、多忙を極めていたマーティン・シーンがダビング作業に参加出来なくなった為に、そのナレーションの吹き込みはシーンの実弟であり瓜二つの声色を持ったジョー・エステヴェスが行っている。 |
| そのジョー・エステヴェス、実は本編にも登場している。それは、マーティン・シーンが心臓発作で倒れた為に代役として撮影が敢行された為だが、このマーティン・シーンの一時撤退はコッポラにとっては大いに憂慮すべき出来事だった。何故ならば「心臓発作」と云う最悪の結果をも招きかねない病状が資金提供者たちに知り渡れば、資金の提供から即時撤退される可能性もあった為である。然るべくトップシークレット扱いだったと云うこの情報だが、万一、情報が洩れたような場合に備えて、「熱射病」による一時的なダウンと説明するプレス会見でのシナリオまでが描かれていた。ちなみにマーティン・シーンの代役として後姿で画面に登場、また、ナレーションの吹き込みを行ったジョー・エステヴェスの名前は一切クレジットされていない。 |
| フィリピンで行われたロケーションだが、劇中に登場するヘリコプターとパイロットは、マルコス政権から提供されたものである。そのパイロット達は反体制派との戦闘実践にも駆り出されていた本物の兵士だったために、その時々の撮影で違う顔ぶれになる事もあったと云う。また、劇中で屠殺される雌牛は、その全てが本物だった。 |
| マーロン・ブランドには事前に100万ドルが支払われていたが、そのまま降板されると云う不安もあったと云う。しかし、コッポラは、ブランドの行動について特に関与するものではなく、一度も顔を見せずしてブランドが降板するのであれば、その代わりにジャック・ニコルソンかロバート・レッドフォード、またはアル・パチーノを連れてくれば良い話しだろうと、ブランドのエージェントに釘を刺していたらしい。結局、漸くと言った形で登場したブランドだったが、アルコールに依存し、その体重は作品のイメージを基準にすれば40kg超と云ったもので、挙句にはスクリプトにも全く目を通していないと云う形でのお目見えだったと云う。ブランドにしてみれば、シナリオを読まずに撮影に参加する云う事は珍しくもない事だが、数日間におよぶ議論を交わした結果、一回のセリフは単一行でアドリブも可能とし、更には暗闇の中からセリフを喋ると云うルールが決められていた。つまり、あの重厚なカットは、演出のイメージを尊重したものではなかったと云う事になる訳で、やや興醒めしてしまう感は否めないものの、取り敢えずは結果オーライで由とするしかないと云った所。 |
| その撮影期間中にはノイローゼ状態に追い込まれ、幾度も自殺を図ろうとしていたと伝えられるコッポラだが、完成を迎える頃にはパンク状態だったと云う財政面での窮地も、コッポラ自身が私財から捻出した100万ドルで回避したらしい。 |
| ブランド演じるカーツの経歴が説明される際に登場する関係書類の写真、あれは本作の為に新たに撮られたものではなく、67年製作の「禁じられた情事の森」でブランドがウェルドン・ペンダートン少佐を演じた際の写真を流用したものである。 |
| ランスを演じたサム・ボトムズは、その撮影の一部ではLSDやスピード、マリファナを実際に服用していたと云う。 |
| 本作のエンドクレジットには3種類のタイプがある。35mmヴァージョンでは爆発や燃え滾るジャングルの映像の上にクレジットされているが、70mmヴァージョンでは最後にコピーライトの一行だけが表示されるだけで、それ以外のクレジットは一切表示されていない。70mmヴァージョンはトリミング版だが、双方共に入手が可能となっているビデオでも確認出来る。3番目に登場したヴァージョンでは、黒地の背景にクレジットがフルに表示されている。ちなみに本作は、ドルビー・サラウンド・システムが採用された最初の70mm作品である。 |
| 周知の通り、ルーカス大佐として登場するハリソン・フォードの苗字は、フォードをスターにのし上げた「アメリカン・グラフィティ」と「スターウォーズ」を監督したジョージ・ルーカスから引用されたものだが、G.D.スプラドリンのR.コーマン将軍と云う配役名、こちらは、ロジャー・コーマンから引用されたものだった。そして、マーティン・シーンの配役名ベンジャミン・L.ウィラードだが、これは「ベンジャミン」と「ウィラード」と云うハリソン・フォードの長男と次男の名前を結合したものである。 |
| 前述の理由によりその名前は違っていたはずだが、フォードが演じるルーカス大佐に該当するポジションへのオファーは、当初はジェームズ・カーンに出されていたものだった。しかし、既に大スターだったカーンは、陽の当たらぬ配役と云うリスクも背負う事から多額のギャラを要求、結果的にはフォードが役を得る形となっている。 |
| 海外のサイトでは、ヴェトナム戦争の体験者の方々が本作に寄せた感想なども数多く閲覧出来るが、ざっと目を通した限りでは、臨場感やリアリズムについての肯定的な意見は圧倒的な数に及ぶもので、ヴェトナムを背景に描いた作品では他の作品などとは比較にならぬと云った意見が多い。約45キロの減量、100万ドルもの私財の投資、そして、幾度もの自殺の危機を乗り越えて完成に辿り着いたと云うコッポラの意地と執念が実を結んだ作品だったと云う事である。 |