Return To Top
Dracula Has Risen from the Grave
帰って来たドラキュラ (1968) UK 92 min.
Introduction 序盤アウトライン
東欧の某国。人々を震え上がらせたドラキュラ伯爵が葬り去られてから一年、惨劇の舞台となった山間部の村には平和が戻ったかのようにも思えたが、満身創痍の村人たちは信仰心も失い、唯一の教会も荒れ果てた状態だった。そんな状況を見かねた大司教が神父を従い伯爵の城を清めようとするが、岩場で足を滑らせた神父が怪我を負う中、その傷口から溢れ出た血液が流水の中で眠る伯爵を呼び覚ましてしまうーー
Various Note メモ
吸血鬼ドラキュラ (1958)」「吸血鬼ドラキュラの花嫁 (1960)」「凶人ドラキュラ (1966)」に続く英国ハマープロの「ドラキュラ」シリーズ第4弾。脚本は「吸血鬼ドラキュラの花嫁 (1960)」「吸血鬼の接吻 (1963)」「ドラキュラ血の味 (1969)」「血のエクソシズム ドラキュラの復活 (1970)(未)」のアンソニー・ハインズ(クレジット名は「ジョン・エルダー」)(Anthony Hinds as John Elder)。監督は「フランケンシュタインの怒り (1964)」「テラー博士の恐怖 (1964)」「がい骨 (1965)」「残酷の沼 (1967)」のフレディ・フランシス(Freddie Francis)。音楽は、一連のシリーズでもお馴染みのジェームズ・バーナード(James Bernard)。
出演は、ハマー版での伯爵役も3度目のクリストファー・リーChristopher Lee)、「潜水艦X-1号 (1967)」「ワーテルロー (1970)」「ツェッペリン (1971)」のルパート・デイヴィーズ(Rupert Davies)、「ハマーヘッド (1968)」「フランケンシュタイン恐怖の生体実験 (1969)」「愛して愛して子猫ちゃん (1970)(未)」「MR.バンピラ 眠れる棺の美女 (1974)(未)」「ブラッディ ドクター・ローレンスの悲劇 (1974)(未)」のヴェロニカ・カールソン(Veronica Carlson)、「残酷の沼 (1967)」「針の眼 (1981)」「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド (2005)」のバーバラ・ユーイング(Barbara Ewing)、「鮮血!!悪魔の爪 (1970)(未)」「007 私を愛したスパイ (1977)」「北海ハイジャック (1979)」のバリー・アンドリュース(Barry Andrews)、「ジョン・レノンの僕の戦争 (1967)(未)」「ジュリアス・シーザー (1970)」「キンキーブーツ (2005)」のイワン・フーパー(Ewan Hooper)、「ロリータ (1962)」「デス・オブ・アドルフ・ヒトラー (1972)(未)」のマリオン・マシー(Marion Mathie)、「吸血鬼ドラキュラの花嫁 (1960)」「蛇女の脅怖 (1966)」「吸血ゾンビ (1966)」「血のエクソシズム ドラキュラの復活 (1970)(未)」のマイケル・リッパー(Michael Ripper)など。

以下、完全ネタバレ。未鑑賞の方はご留意下さい。
第1作目の正当路線での続編だった前作「凶人ドラキュラ (1966)」から2年、ここでは流水に葬られた伯爵(クリストファー・リー)が復活を遂げる中、地元の大司教(ルパート・デイヴィーズ)にその根城を十字架で封鎖された怒りからリベンジに乗り出すと云う内容だが、よくよく考えてみれば、そもそも伯爵が復活できたというのもイントロでの大司教の勇み足が原因。と云うか、大司教が城を清めようとするこのイントロ、目に見えて自堕落な神父(イワン・フーパー)を従えて城に出向いたと云うのも、あの伯爵も既に退治されていた中、その象徴たる城を封印する様子を神父の目に焼き付けてやる事で村の活気を取り戻そうとしたもので、そんな大司教の行為を勇み足と呼ぶのも抵抗はあるが、何れにせよ、臆病風に吹かれた神父がケガをする中、その患部の血液が水中に流れ込むのも伯爵にしてみれば超ラッキーな展開。そんな伯爵の方はと云えば、根城の扉を十字架で封印された事で大司教へのリベンジを誓う訳だが、この辺りの筋立てもやや微妙。と云うのも、扉を封印する十字架など下僕と化した神父に取り除かせれば済む話で、そもそも復活できた事に加えて弱虫の下僕までをゲットできた伯爵にしてみれば、ここはリベンジどころか大司教に感謝すべきような状況。
ただ、伯爵が訳もなくいきなり甦るようなチープなイントロでもなく、それなりの理由付けに20分強もの時間を費やす序盤に文句を云うのもナンセンス。ミーハーな個人的には、あの美女の逆さ吊から満身創痍の村人たちを捉えるどん底ショットだけで充分満たされもしたが、一方、気になったのは、ここでのイントロと前作の関連性。流水に流された前作を踏まえれば、流水から甦るここでのイントロも意図して繋げられていたような感じだが、実はここでの伯爵の根城は1作目前作とは地理的にも造形的にも異なる代物。実際、大司教と神父が歩を進めるのも険しい山谷部で、正面玄関らしき扉も崖っぷちに位置しているが、ちなみに1作目前作での伯爵の城は、正面からの馬車の乗り入れも可能なタイプ。一方、ここでの1年前に退治されたと云う伯爵の末路について語られるダイアローグの場合、日本語字幕によれば「伯爵は棺ごと流水に流された」とされるものの、オリジナルの言語では"Was he not sent to his doom in the waters of your mountains?"とされているが、ついては、棺ではなく伯爵そのものが流水に流された前作のエンディングに繋げられていたようにも思える所。
一方、十字架で封印するあの扉も実は城の裏口だったという推察もあるが、表玄関もそのままでわざわざ裏口を封印するのもヘンな話。まぁ、ここはスンナリ前作までと同じロケ撮影を敢行して頂く中、伯爵が沈没する例のスポットに神父が転落すると云う展開であれば、サクッと理解も出来た所だが、何れにせよ、前作でのエンディングが流水をネタに伯爵を葬るという物珍しいアイディアだっただけに、流水から甦るここでのイントロに言及したくなるのもファンとしては当然の話。ちなみにロケーション設定については、一切の地名も割愛されるスクリプトだが、ここでの唯一の手掛かりと云えば、地元パブのセットで見受けられる"Dressler's Lager"と云う銘柄のビールの貼り看。そんなドイツの銘柄は、独的な地名を羅列していたこれまでのシリーズとの関連をほのめかすものだが、何れにせよ、トランシルヴァニアには程遠い架空のロケ設定と云う事実はここでも変わらず。
そんな背景設定についてはともかく、ここでの真骨頂はスクリプトそのものの中身。定番のホラーイズムに一癖ある人間模様を加味する物語は一連のシリーズでも異色の内容。ちなみにここでのヒーローは、若き日のジェームズ・カーンのようなイメージのバリー・アンドリュース演じるポールと云う野生派の青年だが、そんなポールを無神論者と描く中、大司教の姪マリア(ヴェロニカ・カールソン)とのロマンスをアクセントにする物語はドラマ色もかなり強い。一方、ポールに思いを寄せる酒場の女ジーナ(バーバラ・ユーイング)や、出番も多い酒場のマスター(マイケル・リッパー)、ヒロインの母親で大司教の亡き弟の妻アン(マリオン・マシー)など、昼メロのような人間関係をピンポイントで描く辺りも屈託なく楽しいもので、おジャマな感もない。
そんな群像劇の傍ら、一方の伯爵は、臆病者の神父やジーナを手なずけてヒロインのマリアをターゲットにする訳だが、ちなみにジーナの次にヒロインが犠牲になる中、ヘルシングのような大司教やレンフィールドのような神父などを登場させるここでの筋書きは、ストーカーの小説や1作目を踏襲するような内容。個人的には上質な変化球のようにも思えてしまったが、一方、ヒロインのお忍びをマット画を背景に描くシーンや、アクティヴな移動を展開する伯爵の動的な映像など、活劇の醍醐味を味わえるのもここでの大きな魅力だった。ちなみに、あの屋根伝いの街の情景を描くマット画は、後年の「スーパーマン3 電子の要塞 (1983)」や「スーパーガール (1984)」のプロダクションにも参加するピーター・メルローズ(Peter Melrose)の仕事だが、ハマープロが次世代のスターとしてプッシュしていたヴェロニカ・カールソンをサーカスばりの構図で歩かせるあのお忍びシーンも、彼女のファンにはチョットしたスペクタクルだったはず。
一方、ポールの住み込む酒場の地下室を根城にヒロインに牙を剥く伯爵だが、ジーナを襲う郊外でのシーンやポールとの格闘を描く地下室のシーン、決死の形相での移動から十字架に串刺しになるクライマックスなどアクティヴな見せ場の多さもここでの魅力。ヒロインの拉致に失敗したジーナの血を飲み干す中、吸血鬼と化したジーナを無情にも焼却させる描写などは、これまでの中でもピカイチのサディスティック度だったが、一方、定番の充血も封印する中、澄んだ瞳でヒロインの首筋に牙を立てるシーンなどは、シリーズでも最高のエクスタシー描写。
そんな伯爵と云えば、ここでも十字架や木の杭などさまざまな欠点が明らかにされているが、大司教と神父が城に向かう序盤、怯える神父の背後で水辺に映る伯爵の姿を捉えるカットなどは何気にレア。まぁ、鏡と水面はそもそも違うと云う事なのかもしれないが、レアと云えば、木の杭を刺しても祈りがないと止めを刺せないとしていた辺り。これも要は、悪に堕落した神父が最後に目覚めるオチに繋げられたアイディアだった訳だが、実はそんなレアな描写も、「祈祷で清めた杭を打ち込まれれば絶命する」と云う原作のルールを忠実に踏襲するもので、むしろ、即席で用意された木の杭などで止めを刺す脚色などでの描写の方が掟破りだったと言える。迎えるクライマックスでは、主人公が突き刺した木の杭も跳ね除ける中、終盤で力尽きた大司教の遺品とでも呼ぶべきデカイ十字架に串刺しになる伯爵だが、ついては、あの弱虫の神父にも名誉挽回の機会が与えられるここでのエンディングと云うのも正しく大団円の情景。これはシリーズでも屈指の幕引きだったと言えるはず。と云うか、味のある人物描写やダイナミックかつ捻りのあるクライマックスなど、個人的には最も好きな1本。実際、何度見ても飽きなかったりもするので。
ちなみにここでのエンディングは、次回作「ドラキュラ血の味 (1970)」にもサクッと繋がるものだが、番外編の「ドラキュラ伯爵 (1970)」を含めれば、後の1970年にはクリストファー・リー主演のドラキュラ作品も実に3本も公開される事に。公開順に並べれば、「ドラキュラ伯爵(西ドイツでは70年4月3日。英国での公開は73年)」、「ドラキュラ血の味(70年5月7日/英国)」、「血のエクソシズム ドラキュラの復活 (70年11月8日/英国)」と云う順番だが、思えばそんな当時も今では夢のよう。まぁ、ここ日本での場合、「ドラキュラ血の味」を除く2本は後年のTV放送でようやく陽の目を見る訳だが、何れにせよ、劇場で観るドラキュラ映画にワクワクさせられていた時代がマジで懐かしい。とは云うものの、ニュープリントの高画質で好きな時に鑑賞できる昨今も捨てたものではないが、ちなみに本タイトルのニュープリント映像などは、かつてのVHSやLDなどとは全くの別モノ。と云うか、何れも格段に進化を遂げていたWHVリリースのタイトル群だが、それでも本タイトルの違いは顕著だった。浮き立つ血管をブルーバックで捉えるオープニング以下、ボヤけたグレーに終始したような印象すらあったかつてのプリントだが、ニュープリント版でのカラーも際立つ美麗な映像は明らかに別次元。これには大方のファンも歓喜したはず。ちなみに、劇場公開時には「帰って来たドラキュラ」とされていた邦題も、メディア版では「帰ってきたドラキュラ」と改変される事に。



製作データはこちらIMDbデータリンク
邦題タイトル一覧 Domestic Title List
原題タイトル一覧 Original Title List
製作年度別一覧 Production Year's List
キーワード別一覧 Various Categories
リンクのページ Excellent Links
サイト掲示板 bbs
管理人の部屋 Webmaster
更新履歴 Update - Blog

作品のチラシ画像 Here's Flyer Images
現時点で入手が可能な
作品の関連アイテム
トップページへ Go To The Top Page 邦題リストへ Go To The Domestic Title List 原題リストへ Go To The Original Title List 製作年度別リストへ Go To The Production Year's List キ-ワード別一覧へ Go To The Various Categories
Copyright Flyer's Nostalgia - Authored by clockrestorange
All trademarks and copyrights on this page are owned by their respective owners.