| Introduction 序盤アウトライン: |
| 戦時下の昭和十三年。岡山県の山並みに囲まれた小さな山村、世帯数も数十戸と云う日暮谷の村で生まれ育った十八歳の犬丸継男は、村一番の秀才として村人の尊敬と期待を一身に集めながらも、お国の為に出兵する事を誰よりも強く望む愛国心の強い青年だった。ある夜、散歩をしていた継男は、夜這い取り締りの立案者でもある村の有力者・赤木勇造と人妻えり子の不義を目撃、その数日後、えり子を問い質そうとした継男だったが、迎え撃ちに遭う形で童貞を奪われてしまう。その日を皮切りに他の女とも肉体関係を結ぶようになった継男だったが、実の所、彼の純粋な愛情は、幼なじみのやすよだけに向けられていたものだった。そんなある頃、兵役検査を受けた継男だったが、あろう事か、結核の為に兵役には不適格と云う結果だった事から、これまで継男を秀才と持て囃していた村人も態度を豹変、若い継男を一端の間男として受け入れていた情婦たちも、彼を避けるようになってしまうーー |
| Various Note メモ: |
| 第86回直木賞候補になった西村望の著書「丑三つの村」を基に映像化。昭和十三年の岡山県で発生した日本の犯罪史上では最も凄惨な事件「津山三十人殺し」を題材にした作品だが、この事件は、戦時中から戦後間もなくにかけて岡山に疎開していた横溝正史に「八つ墓村」の執筆意欲を与えた事でも有名。 |
| 余りにも凄惨な事件に世間への影響も強く懸念され、厳重な報道管制も布かれたと云う事件「津山三十人殺し」だが、ここでのシナリオは、その顛末について残されている数々の文献などを参考に克明な記録として綴られた原作著書を基に、全体像としての事件をほぼ正確に再現しているのだと云う。現実に鑑賞してみれば、加害者となる犬丸継男(古尾谷雅人)の視点に投影する形での一方的な主観性によるスクリプトである為に、ややセンチな印象が拭えなかったりもするが、そのアウトラインだけを見聞きしただけでは想像を絶する身も凍るような凄惨な事件として扱われるような事件に於いても、その加害者の事件当時の心情やその動機に至るまでの背景を覗き見れば、決して浮世離れするような顛末ではなかったと云う事も実感させられる内容である。 |
| ただ、結核により兵役検査で不適格にされると同時に浴びせられる冷たい視線や、リンチにより他処者が殺害される現場を目撃しながらも黙殺するようにと威圧される事に嫌悪感を抱く主人公には同情の余地もあるのだが、複数の婦女との肉体関係などは持ちつ持たれつ、むしろ、間男だった継男にも大きな罪があった訳で、その逆恨み的な私怨が未曾有の殺意にまで転じると云うのもナンセンス極まりなく、徴兵されずに孤立無援だったと云う状況を加味しても、あの大量殺戮の理由には決してならなかったはず。 |
| 愛国心にも満ちたごく普通の若者が、未曾有の大量殺人を犯すまでに至る理由を弁明するようなトーンの作品だが、その大量殺人と云う現実を直視するならば、実在した犬丸継男と云う人物が先天的に抱えていたと思われる負の側面を更に掘り下げて推察し、然るべく醜いダーティーな描写を燻り出して欲しかった所。 |
| 作品を彩るコンボスタイルのスコアは、「マライヤ」等で活躍していた鍵盤奏者の笹路正徳氏によるもので、個人的には、圧倒的な共感を覚えるアナログ時代のインストによるスコアだが、作編曲・プレイ共に素晴らしいスコアであるにも拘わらず、演出には噛み合わず空回りと云った印象で非常に残念。云うまでもなく、これは笹路氏が負う所の責任ではないのだが。 |
| 加害者を庇護するかのような一方的な主観性によるベタなシナリオながらも、この映像作品の製作自体について言えば、事件から幾年もの歳月が経過しているとは言え、タブー視されるような事件の顛末を真正面から映像化すると云う実に凄みに満ちた企画だったと云える。艶にも満ちた絡みの場面や殺戮のシークエンスも大迫力、故古尾谷氏をはじめとする出演陣の鬼気迫る演技は深い印象を残す。怪作だった。田中美佐子も初々しい魅力を披露。 |